神という存在
神がいるか否かという人類の疑問は、太古の昔には存在せず近代の課題であり、神の存在を説明する言葉はまだ見つからないが。
私にとっての神ならば私は説明できるのかもしれない。
神(カミ)と金(カネ)
神に向きあう者(リーダー)
私にとっての神は、希望が実現せず希望を失いそうな他人の希望であり。
希望があるから、神から希望を聞く事ができ、神と共にそれを実現する挑戦ができ、挑戦の過程で様々な役割の人の力を借りて挑戦し、挑戦したからこそ希望が実現する事があるが。
結局神の希望を私も挑戦の過程で力を借りた人々も共に全員が『感謝』『リスペクト』『謝罪』『悔い改め』といった信仰と同じ修行を積みながら希望を実現している。実現すれば実があり、実を分け合って対価となる。『どうしましたか?』という利他で神に向き合わなければはじまらない。向き合った結果全ての人が一旦神になる。
背後に神を利用し神の代理を騙り信者に向き合う者(ボス)
対して『神の代理』を騙り、人々を指導する『教祖』や『先生』や『講師』といった呼び名で隠す者がこの世に多く存在する。
聖書に従う牧師やお経に従う和尚や祝詞に従う神主といった代行とは違い、自分が適当に『正義』っぽい事を言う神そのものの立場をとる。
それらは信者から先に金をとって、神の代理ではないのだから結局嘘を教える。しかし希望は実現しないからこういう。
『あなたが行動するしかない』『行動しないから実現しない』と突き放し。共に行動するとか先に手本を見せるとか神に向き合う事はない。
信者とは
なぜ神の代理が先に金をとるのかといえば。そもそも信者になる者というのは『自分で希望を叶えるのではなく誰かが叶えろと思っている』『自分の希望をタダで叶えろ』と思っている、そういう他人任せの人だから先に金をとる。金を払った信者は、金を払った自分の正当性を擁護するために、先生、講師、教祖の擁護者になる。その信者心理を利用して宗教法人だったり、社団法人だったり、結局代理は宗教ビジネスをする。
〇〇国を敵視する者が、その国の神の代理を騙る
結局、神を騙るのはビジネス手法なんです。
















