昨日玄米を買いにいった大鰐の高久商店さんのおじいちゃんと世間話をして、とてもいい考えのやり取りができました。おかげ様で『文字や言葉』になっていなかった『考え方』が、少しだけ文字や言葉にできるようになりました。おかげ様でした。
最終的には『似ている他よりも高い写真の商品』をなぜ買うのかという理由に帰結しますが、少しその理由を説明する必要があります。しばしお付き合いください。
紙幣の話
商品に魂をこめるとか、魂がこもった味だとか、非科学的な事が良く言われますが、お金持ちというカテゴリの人達は『非科学的だ』と全否定する人が多い印象がありますが、『何かよくわからないけど魂は入ってると思う』と感覚的に認めている人も確かにいます。私は魂が入っていると思っています。
みなさんはギャンブルや株をやりますか?
注目すべき部分として、それをお金を使ってお金を成長させる挑戦と表現しておきましょう。
『お客様』は誰かという考えと、目的は何かという考えと、この二つを考えてみようと思います。
ギャンブルする時も、株を買う時も、『お金を使う人』には『結果目標』や『目的』があり、お金に念を込めたりしますよね。
株ならデイトレーダーの場合は『買った時よりあがれ』と結果目標を目的化する人もいるし、『利益をあげろ』と結果を出すための希望を目的にする人も少数います。
つまり『売買差益』が目的な人もいるし、『配当が目的』の人もいる。ざっくりそんな感じですが、ほとんどの『自分の売買差益の事だけしか考えない』デイトレードの念にフォーカスします。
デイトレードは『今』の差益が目的になるので、その会社の将来性や『お客様』の事は考えないですよね。
ここでいう『お客様』とは、株主なのか、商品を買う消費者なのか?
ざっくりいえば『買った後でいい商品だと結果思えた商品を買いたい消費者』と『コスト削減と販売努力ちゃんとやらせて配当を増やしたいトレーダー』
トレーダーには極端な人もいて『消費者にバレなきゃいいんだから材料コストをバレない程度の安いモノにしたり量を減らしたり利益率をあげればいい』という人の念が強いから、今こうなっています。
消費者とトレーダーの利益は相反しています。相反しているという事は企業は『どちらも』優先することはできませんので『どちらか』を優先しています。
つまり企業にとって、そのどちらを『お客様』ととらえるかが企業姿勢です。
この項の本題に入りますが、ここまでの説明はあくまでも色々な考え方を持つ人たちの中の一例で、結局多種多様たくさんの考え方や立場で、それぞれ違う念が紙幣にこもっているというのは認識して頂けると思います。
企業は。お札を通してトレーダーの念を受け取っているし、買う前の消費者の念は受け取っていない。
トレーダーの念でビジネスを構築し、消費者に対しては嘘をいって商品を売る。発覚が増えてますが氷山の一角ではないでしょうか?
モノやサービスに込められた魂の存在
トレーダーを『お客様』ととらえるか。
消費者を『お客様』ととらえるか。
品質はどうあれ、いずれにしても良く見せ安くした『売り方』販売力が強い方がたくさん売る。
『すでにお金に込められたトレーダーの念』を向きそれを優先した。すでに売れてるものを真似パクり開発費をかけず、仕入先から安く買いたたいて『会社と株主だけが儲ければいい』モノやサービスがつくられて、『安価』に市場独占状態で、真似てないように売られている。
それが仕方がないというのはわかるが、これ以上過去を維持できない事は買い叩きで安さを追求できなくなっているのだから明白。いつまでも仕方がないでは片づけられない事を認めなければならない。
安くなければ売れないのなら、ビックモーターが売りつけるという販売力の実態を明らかにしたように販売の倫理観も地に落ちている。
トレーダー(金)に向き合ってつくられたモノやサービスには、金やトレーダーに向き合った魂が込められてます。
対して『まだお金の念を渡していない消費者』がいて。
この国には少しだけそんな消費者を向いて『お金に込められた念』はないけど、これから結果的にお金を受け取ると信じて、買ってくれないから消費者との接点も少なくなかなか知る事ができない『消費者の希望』を労力と経費をかけて努力して集め『買った後でいい商品だと思える商品を買いたい消費者』を想像して、商品やサービスを新たに創造している会社や店や人もいる。なぜ頑張れるか。それが見たいの正義だと気づき消費者が変わると信じているから。つまり消費者に向き合い最初に創造された商品には、消費者の希望に対する想いや愛や・・・それぞれ色々『魂』が込められている。
お札に込めている念(魂)の存在は見えると同様に。認識していないだけで『お客様の希望』という魂は同様に存在する。見れば見える。
それはサービスや物の魂です。
モノやサービスを買うということ
『似ている他よりも高い写真の商品』をなぜ買うのか
真似パクり海賊版の魂というのは『今だけ金だけ自分だけ』安さで売り勝ち消えるだけで成長があるはずがないが私の経験則です。
よく売れているパクリを使っているところを一度見た事がありますが、粘土面が単に仕入れ値で選んだもので、そのためにこだわって創造されたものではないという事がすぐに分かりました。
実行した後の塗装面になにか膜がかかって濁った状態。安いけど原点の機能性能は出せない見た目似ている劣化版安くて当然と思いました。
大きさやカタチにだって意味がある。売るにはカッコウは大事かもしれないが、作業する時はカッコウよければいいってもんじゃない。
原点のこれはグローブの中に手を入れたままクルリと裏面にできる作業性が考えられていますが、他のものは考えられていない。
私が指定の道具に原点のものを選ぶのは、結局お客様に提供する品質と作業者の作業性まで熟考しての事です。
私がこれをおススメされてお客様のために買った時、少なくともこんないいものがあるとは知りませんでした。
原点かそれに近いオマージュ版やインスパイア版か、書いてある説明を見てもお客様に対する魂が込められていると私は感じ取りました。
この時のメーカーにとってのお客様とは。これは深い話ですが、買って使うお店(私)ではなく、使われてキレイになるクルマとその先の消費者に向いています。
だいたいの道具や材料というのは『安い』『楽できる』『カンタン』など、買うお店や使う人をお客様ととらえています。
私はそれよりも、メーカーが末端のクルマとユーザー様をお客様ととたえたメーカーの魂と、私も同じクルマとユーザー様がお客様なんだから、意志統合して使った方が目的が一致していい結果が出ると確信しています。
基本的な考えとして『真似パクりは安く真似るんだから安くて当たり前品質劣化当たり前』
『安いからとりあえず買って我慢して仕えれればいい』という人がたくさんいますが、少しの価格差で『我慢』を買ってづおすると私は思う。
私は『快適であること』が仕事に最も重要だと思うからです。
だから私は。
原点か、インスパイアか、オマージュかは買うが。
真似パクリは買いません。
魂についてまとめ
モノやサービスに込められた魂は。買った今その時に物質的に見えないが。最初をみれば込められているのがわかる。
今の世の中は、お客様の希望を『最初』に魂として込めた創造原点のモノやサービスは希少で。すでにある売れそうなモノやサービスを『途中』からコスト削減品質劣化カッコウだけ良くして真似パクリ海賊版した『お客様の希望』が魂として込められていない『今だけ金だけ自分達だけ』の売上儲けのためのモノやサービスが本物であるようにして売られている。
消費者が『お客様の希望』が最初にあるモノやサービスを買えば失われた30年を取り戻せる。















